maimaiomaiのブログ

アイルランドと日本の狭間で 言葉を解き、紡ぎなおす者として

言葉を尽くし、言葉をなくす

Irish Writers’ Centreのライティング・グループに参加したときのこと。 こちらには、書く人たちによる任意の集まりが、いくつもある。そうやって、お互いに書いたものをシェアし、切磋琢磨する。 このグループは国際色豊かで、ウクライナ、ベラルーシ、ロシ…

怒りは慈悲に

「怒りは慈悲に」、という言葉を聞いたことがある。 思えば、私の知り合いで慈善活動に従事している人は、怒りを抱えた人が多いように思う。 その怒りの裏側には、正義感なり、弱者をかばう想いなどが潜んでいるのかもしれない。 ダブリンに移住してからとい…

いつか辿り着く場所

実にせわしない年末だった。 夫がゴールウェイでの公演中に肺炎になったうえ、顔面から転倒。フェイスタイムで夫の痣だらけの顔を見たときはぞっとした。 時間外の医者もつかまらず、結局公演が終ってからダブリンの病院の救急に駆け込んだのだが、なんと1…

ショー・マスト・ゴー・オン

何かが終るとき、必ず私は「思い出を納める」、ということをする。 それは、どうやってするのかというと、私の場合、気持ちを言葉に落とす、のである。そうやって、次へ進むために、少しでも終わることへの悲しみを和らげる。 いわば、ささやかな儀式のよう…

降伏は幸福なり

ベルファストのクイーンズ大学で開催された戯曲翻訳フェスにお呼ばれした。 翻訳した戯曲を日本語で読んでくれ、と言うのである。 基本的に、私は自分のことを信じていないので、こういうお声がけをいただくと、まず鎧を着て逃げの体制に入るのだが、最近は…

受け入れて、疑って

どんな芸術家も、孤独に耐え、誰も通ったことがない道を選び、 他の思想が世を支配する中、自分の思想を受け入れる。 自分自身の言葉を使って世を批判することが、小さすぎることだと決して思わないこと。 かつて、詩人ウィリアム・バトラー・イェーツがこん…

不完全

その昔、人の字で人を評価する癖があった。 手書きで手紙を書くことが少なくなってからは、そんな癖も、癖ではなくなりつつある。仕事柄、人を分析する習慣はけっして悪いことではないと思うのだが、アイルランドへ来てから、人の部屋の汚さや綺麗さ、人の字…

空白

どちらかというと、ペットや動物にはあまり縁のない人生を送ってきた。 一度、ハムスターと金魚を飼ったことがあるけれど、それくらいである。カリフォルニアに住んでいた頃は、アライグマが屋根の上に住んでいた。時々夜になると巨大なネズミのような風貌を…

口実

吉報や朗報というのは、普段連絡しない人に連絡する口実になるものだと思う。 朗報がなければ人に連絡してはならないと思い込む癖があるのだが、最近、そんな自分の癖について、じっくり顧みることがあった。相方が「そんなものを待っていたら、いつまでたっ…

月が輝く夜に

時に計画性のなさが吉と出ることがある。 思いがけない出会い、予期せぬ出来事。それは、計画通りに物事がうまく行くことよりも感動が伴う。私たち夫婦が計画性がないのは、単に性格でもあるのだが、どこかで、そういう感動を求めているからなのかもしれない…

変わる時はひっそりと

日本だと、春が別れと出会いの季節だが、こちらでは、九月がそれに当たるのだと思う。 そういえば、昔住んでいたアメリカもそうだった。9月がはじまりの月。新しいクラスメイトや、封を切ったばかりの文房具の匂いが、切ない秋の香りと重なった。 アイルラ…

墓碑に刻まれた言葉

詩人ウィリアム・バトラー・イェイツは、ダブリン生まれだが、南仏で死に、アイルランドのスライゴ―に埋葬されることを強く希望した。劇作家ブライアン・フリールは、生まれは北アイルランドだが、自身がこよなく愛したアイルランド西海岸のドニゴールに埋葬…

最後のひとかけら

言葉というのは、絶えず、かならず他の言葉とぶつかる。 ぶつかるというか、重なっていくわけですね。 井上ひさし 何かが足りないのは分かっているが、何が足りないのかが分からない。そんな悶々とした日々を過ごし、ふとある朝、歯を磨きながら、そのミッシ…

都会の香り

久しぶりに、都会の香りを嗅いだ。 東京も、パリも、ニューヨークも、同じ香りがする。不思議と、ダブリンはまだ都会の香りがしない。あの都会の香りは、一体何でできているのだろうといつも思う。 約二年半ぶりに飛行機に乗った。自分が参加しているメンタ…

上手に忘れて

先日、とても懐かしい友人から連絡があった。 アメリカに住んでいた頃、仲良くしていた友人である。日本に帰国してからもしばらく文通していたのだが、いつのまにか連絡を取らなくなっていた。いつ、なぜ、連絡を取らなくなったのかは、まったく思い出せない…

劇場支配人の猫

「作家の言葉をどれだけ吸収しても、常に新たな言葉を受け入れる余裕を持つ劇場の懐の深さ」 とは、かつて通訳でご一緒させていただいた演出家ルティ・カネルさんの言葉だ。 いつだったか、客席に座り、劇場の客電が落ちて劇がはじまるのを待つ間、妙に心が…

猫と女

初めて人に会うと、この人は、犬派だろうか猫派だろうか、と勘繰る変な癖がある。 いつからそんな癖がついたのかは、思い出せない。 特に理由はないのだが、なぜかそういう無意味なことをしてしまう。だが、私が猫派か犬派かと聞かれると困ってしまうし、私…

笑いの源

何事も笑いに変換できる人が、とても好きだったりする。 笑いは輸入できないとよく言うが、思えばここ数年間、どうやってこのアイルランド戯曲特有のブラックな笑いを日本の観客に届けようか、悶々と考えていたように思う。このアイルランドのブラックな笑い…

はじめまして。

コマドリが手に止まるようになった。 近くのボタニカルガーデンに生息するコマドリさんたちがやたら人なつっこく、いつも私についてくるものだから、ひまわりの種を持ち歩くようになった。ひまわりの種を手の上に乗せ、手を前に差し出すとすぐに手の上に乗っ…

タップダンスの神様

同じ言語が話せるからといって、コミュニケーションがとれるとは限らない。 アメリカにいたころ、近所に同い年のサラという女の子がいた。学校で同じクラスだったが、最初は教室ですれ違うくらいだった。それが、サラが病気をしたときに、母がずっと大事に育…

褒められもせず、苦にもされず

庭には毎日、6種類以上の鳥がやってくる。 冬は、野菜が育たなくて物淋しい庭も、鳥たちのおかげでずいぶん華やぐ。 ヨーロッパコマドリは、毎日同じ場所でポーズをする。毎日変わらない角度で、じぃっと壁の上でポーズをとったあとに、ヒマワリの種に食ら…

アイルランドの神社

イチイの木 約3年ぶりに髪を切った。 先日、鏡に映った自分がシャーマンにしか見えず、いたたまれなくなり、さっそく切ることにした。 3年間伸ばし続けたことに、あまり意味はない。特に切りたいと思わなかったし、伸ばしたいとも思わなかったので、伸ばし…

サンタのいないクリスマス

幼い頃、私にとってサンタは神だった。 サンタが来なければ私の人生は終わると心から信じていた。むかし、母が焼いたサンタ型のクッキーがたくさん乗った鉄板を床に落としてしまい、すべて割れてしまったとき、ソファーの後ろに隠れて絶望的になっていたのを…

美しさを愁いて

「世の美しさを愁える 一瞬で過ぎ去る美しさよ」 カフェに座って珈琲をすすっていると、そばに座った中年の女性が突然、 パトリック・ピアースの詩を朗々と詠みはじめた。 現実と夢のはざまの細い空間を見つめるような少女のような瞳。真っ白な髪の毛をきれ…

ラストワルツは私に

「すべてのバスの運転手に捧げる」 最近翻訳させていただいた、現在シアターグリーンBase Theaterで上演中のアイルランド戯曲「橋の上のワルツ」(ソニア・ケリー作)の冒頭部分に書かれた一文である。 戯曲と向き合っていると、その内容に近い出来事を引き…

A Story to Tell

以前、ナレーションの仕事をしていたとき、プロデューサーの方が、敢えてナレーターという言葉を避け、「ボイス・アーティスト」とおっしゃっていた。 なるほど、肩書を変えるだけで、ずいぶんと印象が変わるものだ。 北愛蘭のベルファストへ行ってきた。 コ…

夏の香り

ウェストポートの橋 夏の香りが漂った。 夏でも涼しいアイルランドで夏の香りがするのは珍しいのだが、最近は暑い日が続いた。その香りは、いつも夕暮れ時に漂う。ギラつくような熱を帯びた香りというよりは、日中の暑さが残していった「忘れもの」のような…

魔女が舞い降りる

先日、我が家に魔女が舞い降りた。 近所に、私の相方がよく知る女優さんが住んでいる。ベテランの舞台女優である彼女は、はち切れんばかりのエネルギーの持ち主で、道端で会うと、瞬く間に「近況報告」という名の舞台がはじまる。はじまれば、終わるまで1時…

バスルームより愛をこめて

家は、夜にその魅力を発揮するらしい。 先日、月を見上げるために庭へ出たあと家の中に入ると、ダイニングテーブルに置かれたランプの光が顔に当たり、新聞を読む相方の姿が見えて、何とも言えない安堵感をおぼえた。 こちらへ来て「家」の概念が大きく変わ…

私の空き部屋

人は誰もが空き部屋を抱えているらしい。 外部からの刺激がなければ、埃をかぶったまま永遠に空き部屋として放置されるのだろうが、アイルランドの文化は、私の埃まみれになっていた空き部屋を、次から次へと開拓していく。 第一回ロックダウンから1年が過ぎ…