maimaiomaiのブログ

アイルランドと日本の狭間で 言葉を解き、紡ぎなおす者として

作品は、いつ「完成」するのか

「詩が完成することはない。途中で断念しただけのこと。」 ポール・ヴァレリー 書き溜めていた詩が少しずつこちらの文芸誌に取り上げられるようになったのだが、出版前にゲラをいただく段階で、「修正があれば、お申し付けください」と出版社からメールが来…

隙間

クロウドリとコマドリが真夜中に急に歌いだすことがある。 都会の小鳥たちにたまに見受けられる現象なのだそうだが、そうやって動物たちも人間に似てきてしまうのだろうか。 しかし、このような夜想曲が鳴り響いた次の日の朝は、妙なことに、良い知らせが届…

筆を走らせる闇

アイルランドが文学大国なのは、冬の闇が長いからなのではないかといつも思う。 闇は、筆を走らせる。 昨夜は、ダブリン市民にとって大変衝撃的な一日だった。闇が深まる頃になると、こういった事件が起きる頻度が高くなるように感じる。ダブリン市内では、…

どちらでもない

出会いに溢れた9月だった。 こちらの演劇界にいると、自分の代名詞をThey/them(彼ら)とするノンバイナリーのアーティストと出会うことが多々あり、代名詞を使うたびに緊張していたのだが、そんなことも最近は少しずつ慣れてきたように思う。ノンバイナリ…

タテ社会に、さようなら

こちらにいると、日本で体に染みついていたタテ社会の心得のようなものがどうしても邪魔になる。邪魔になるどころか、失礼になることが多い。 そして、このタテの構造を取っ払ったとき、自分の真の姿が見えてくる。目上の人を敬うわけでも、年下の人を励ます…

思い込み

奇妙なことが起きた。 最近、急に本がスラスラ読めるようになったのである。私は昔から本を読むのが人一倍遅く、文字を追っていても、気が付けば空想の世界に入ってしまって、全くコトバが入ってこなかった。それがある日突然、スラスラ読めるようになっただ…

妖精を探して

昔から、子どもの頭には妖精が住んでいると信じていた。 東南アジアの国で子供の頭を触ってはならないのは、きっとこのせいだと思い込んでいた。 だいたい、この妖精は、7歳頃から荷づくりをはじめて、10歳になる頃には、もっと幼い子どもやお年寄りの頭…

果てしない、果てしない

小鳥は、なんの前触れもなく突如姿を消すことがある。 鳥で賑やかだった空間は静寂に包まれ、何か悪いことをしたのだろうかと罪悪感に襲われるのだが、その後まもなくして、何事もなかったようにワラワラと戻ってきて、やがて雛たちの声で賑やかになる。 人…

重い女

鳥の世界にも、重い女はいるらしい。 可愛がっているコマドリ、うたこに妻(ベティー)ができた。この時期になると、巣作りがはじまり、雄が雌に餌を与える。その際に、雌は「餌をおくれ」と、チッチッチと鳴く。そこではじめて性別が分かるのだ。うたこ、と…

1ミリの勇気

鳥の巣箱の中を撮影した映像にはまっている。 特に、赤ちゃん鳥がはじめて巣から飛び立つ瞬間をとらえた映像が秀逸なのである。一番目に飛び立つ小鳥は、躊躇なく、いきなり巣から飛び降りる。それを見た兄弟たちは大きなショックを受け、「今の、見たか?あ…

儀式

その昔、内なるものを外に出すとき、人は儀式を行ったという。 例えば、食を欲する心が、動物に向かって矢を射るという行為に発展するとき。一枚の設計図が、家に変わるとき。数十枚にも及ぶ台本が、何十名という役者や踊り子を動かすとき。冬の間眠り続けた…

言葉を尽くし、言葉をなくす

Irish Writers’ Centreのライティング・グループに参加したときのこと。 こちらには、書く人たちによる任意の集まりが、いくつもある。そうやって、お互いに書いたものをシェアし、切磋琢磨する。 このグループは国際色豊かで、ウクライナ、ベラルーシ、ロシ…

怒りは慈悲に

「怒りは慈悲に」、という言葉を聞いたことがある。 思えば、私の知り合いで慈善活動に従事している人は、怒りを抱えた人が多いように思う。 その怒りの裏側には、正義感なり、弱者をかばう想いなどが潜んでいるのかもしれない。 ダブリンに移住してからとい…

いつか辿り着く場所

実にせわしない年末だった。 夫がゴールウェイでの公演中に肺炎になったうえ、顔面から転倒。フェイスタイムで夫の痣だらけの顔を見たときはぞっとした。 時間外の医者もつかまらず、結局公演が終ってからダブリンの病院の救急に駆け込んだのだが、なんと1…

降伏は幸福なり

ベルファストのクイーンズ大学で開催された戯曲翻訳フェスにお呼ばれした。 翻訳した戯曲を日本語で読んでくれ、と言うのである。 基本的に、私は自分のことを信じていないので、こういうお声がけをいただくと、まず鎧を着て逃げの体制に入るのだが、最近は…

受け入れて、疑って

どんな芸術家も、孤独に耐え、誰も通ったことがない道を選び、 他の思想が世を支配する中、自分の思想を受け入れる。 自分自身の言葉を使って世を批判することが、小さすぎることだと決して思わないこと。 かつて、詩人ウィリアム・バトラー・イェーツがこん…

不完全

その昔、人の字で人を評価する癖があった。 手書きで手紙を書くことが少なくなってからは、そんな癖も、癖ではなくなりつつある。仕事柄、人を分析する習慣はけっして悪いことではないと思うのだが、アイルランドへ来てから、人の部屋の汚さや綺麗さ、人の字…

空白

どちらかというと、ペットや動物にはあまり縁のない人生を送ってきた。 一度、ハムスターと金魚を飼ったことがあるけれど、それくらいである。カリフォルニアに住んでいた頃は、アライグマが屋根の上に住んでいた。時々夜になると巨大なネズミのような風貌を…

口実

吉報や朗報というのは、普段連絡しない人に連絡する口実になるものだと思う。 朗報がなければ人に連絡してはならないと思い込む癖があるのだが、最近、そんな自分の癖について、じっくり顧みることがあった。相方が「そんなものを待っていたら、いつまでたっ…

月が輝く夜に

時に計画性のなさが吉と出ることがある。 思いがけない出会い、予期せぬ出来事。それは、計画通りに物事がうまく行くことよりも感動が伴う。私たち夫婦が計画性がないのは、単に性格でもあるのだが、どこかで、そういう感動を求めているからなのかもしれない…

変わる時はひっそりと

日本だと、春が別れと出会いの季節だが、こちらでは、九月がそれに当たるのだと思う。 そういえば、昔住んでいたアメリカもそうだった。9月がはじまりの月。新しいクラスメイトや、封を切ったばかりの文房具の匂いが、切ない秋の香りと重なった。 アイルラ…

墓碑に刻まれた言葉

詩人ウィリアム・バトラー・イェイツは、ダブリン生まれだが、南仏で死に、アイルランドのスライゴ―に埋葬されることを強く希望した。劇作家ブライアン・フリールは、生まれは北アイルランドだが、自身がこよなく愛したアイルランド西海岸のドニゴールに埋葬…

最後のひとかけら

言葉というのは、絶えず、かならず他の言葉とぶつかる。 ぶつかるというか、重なっていくわけですね。 井上ひさし 何かが足りないのは分かっているが、何が足りないのかが分からない。そんな悶々とした日々を過ごし、ふとある朝、歯を磨きながら、そのミッシ…

都会の香り

久しぶりに、都会の香りを嗅いだ。 東京も、パリも、ニューヨークも、同じ香りがする。不思議と、ダブリンはまだ都会の香りがしない。あの都会の香りは、一体何でできているのだろうといつも思う。 約二年半ぶりに飛行機に乗った。自分が参加しているメンタ…

上手に忘れて

先日、とても懐かしい友人から連絡があった。 アメリカに住んでいた頃、仲良くしていた友人である。日本に帰国してからもしばらく文通していたのだが、いつのまにか連絡を取らなくなっていた。いつ、なぜ、連絡を取らなくなったのかは、まったく思い出せない…

劇場支配人の猫

「作家の言葉をどれだけ吸収しても、常に新たな言葉を受け入れる余裕を持つ劇場の懐の深さ」 とは、かつて通訳でご一緒させていただいた演出家ルティ・カネルさんの言葉だ。 いつだったか、客席に座り、劇場の客電が落ちて劇がはじまるのを待つ間、妙に心が…

猫と女

初めて人に会うと、この人は、犬派だろうか猫派だろうか、と勘繰る変な癖がある。 いつからそんな癖がついたのかは、思い出せない。 特に理由はないのだが、なぜかそういう無意味なことをしてしまう。だが、私が猫派か犬派かと聞かれると困ってしまうし、私…

笑いの源

何事も笑いに変換できる人が、とても好きだったりする。 笑いは輸入できないとよく言うが、思えばここ数年間、どうやってこのアイルランド戯曲特有のブラックな笑いを日本の観客に届けようか、悶々と考えていたように思う。このアイルランドのブラックな笑い…

はじめまして。

コマドリが手に止まるようになった。 近くのボタニカルガーデンに生息するコマドリさんたちがやたら人なつっこく、いつも私についてくるものだから、ひまわりの種を持ち歩くようになった。ひまわりの種を手の上に乗せ、手を前に差し出すとすぐに手の上に乗っ…

タップダンスの神様

同じ言語が話せるからといって、コミュニケーションがとれるとは限らない。 アメリカにいたころ、近所に同い年のサラという女の子がいた。学校で同じクラスだったが、最初は教室ですれ違うくらいだった。それが、サラが病気をしたときに、母がずっと大事に育…