maimaiomaiのブログ

アイルランドと日本の狭間で 言葉を解き、紡ぎなおす者として

アイルランドの神社

イチイの木 約3年ぶりに髪を切った。 先日、鏡に映った自分がシャーマンにしか見えず、いたたまれなくなり、さっそく切ることにした。 3年間伸ばし続けたことに、あまり意味はない。特に切りたいと思わなかったし、伸ばしたいとも思わなかったので、伸ばし…

サンタのいないクリスマス

幼い頃、私にとってサンタは神だった。 サンタが来なければ私の人生は終わると心から信じていた。むかし、母が焼いたサンタ型のクッキーがたくさん乗った鉄板を床に落としてしまい、すべて割れてしまったとき、ソファーの後ろに隠れて絶望的になっていたのを…

美しさを愁いて

「世の美しさを愁える 一瞬で過ぎ去る美しさよ」 カフェに座って珈琲をすすっていると、そばに座った中年の女性が突然、 パトリック・ピアースの詩を朗々と詠みはじめた。 現実と夢のはざまの細い空間を見つめるような少女のような瞳。真っ白な髪の毛をきれ…

ラストワルツは私に

「すべてのバスの運転手に捧げる」 最近翻訳させていただいた、現在シアターグリーンBase Theaterで上演中のアイルランド戯曲「橋の上のワルツ」(ソニア・ケリー作)の冒頭部分に書かれた一文である。 戯曲と向き合っていると、その内容に近い出来事を引き…

A Story to Tell

以前、ナレーションの仕事をしていたとき、プロデューサーの方が、敢えてナレーターという言葉を避け、「ボイス・アーティスト」とおっしゃっていた。 なるほど、肩書を変えるだけで、ずいぶんと印象が変わるものだ。 北愛蘭のベルファストへ行ってきた。 コ…

夏の香り

ウェストポートの橋 夏の香りが漂った。 夏でも涼しいアイルランドで夏の香りがするのは珍しいのだが、最近は暑い日が続いた。その香りは、いつも夕暮れ時に漂う。ギラつくような熱を帯びた香りというよりは、日中の暑さが残していった「忘れもの」のような…

魔女が舞い降りる

先日、我が家に魔女が舞い降りた。 近所に、私の相方がよく知る女優さんが住んでいる。ベテランの舞台女優である彼女は、はち切れんばかりのエネルギーの持ち主で、道端で会うと、瞬く間に「近況報告」という名の舞台がはじまる。はじまれば、終わるまで1時…

バスルームより愛をこめて

家は、夜にその魅力を発揮するらしい。 先日、月を見上げるために庭へ出たあと家の中に入ると、ダイニングテーブルに置かれたランプの光が顔に当たり、新聞を読む相方の姿が見えて、何とも言えない安堵感をおぼえた。 こちらへ来て「家」の概念が大きく変わ…

私の空き部屋

人は誰もが空き部屋を抱えているらしい。 外部からの刺激がなければ、埃をかぶったまま永遠に空き部屋として放置されるのだろうが、アイルランドの文化は、私の埃まみれになっていた空き部屋を、次から次へと開拓していく。 第一回ロックダウンから1年が過ぎ…

和して同ぜず

ある日、「最近、近所にインコが出没しているらしいのよ」と近所のおばさまが言った。 目撃情報を耳にするようになったのは、今年に入ってから。 以来SNS上で野生のインコの写真が出回るようになった。 最近、ほぼ毎日小鳥さんたちの観察をしているのだが、…

「孤」であるということ

リサ・オニールという歌手がいる。 ラジオから彼女の歌が流れれば、一瞬で耳が反応する。伝統の歌や自身のオリジナル曲を歌うことが多いが、あのトム・ウェイツの曲でさえも、たちまち自分のものに塗り替えてしまうほどの独特の個性の持ち主なのだ。私はこう…

妖精に連れ去られた女

Hidden in plain sightという言葉がある。 「ありふれた風景の中に溶け込んでいる」という意味だ。 アイルランドに生育する小鳥たちは、まさにこの言葉がぴったりである。 あまりにも自然に風景に溶け込んでいるので、神経を研ぎ澄ませなければ見逃してしま…

惜しみなく歩け

2月1日の聖ブリジットの日は春の到来を意味するが、 実際に春の気配を感じたのは、2月16日の今日であった。 決して花がいっせいに咲き始めたわけではない。心が浮立つような軽やかな空気が鼻をかすめたとき、おのずと予感が確信に変わったのである。 約1年間…

傷は当たりまえのように

ヨーロッパコマドリがいつもとは違う歌を歌っている。 ヨーロッパコマドリは冬の間も歌い続ける稀な鳥である。 去年の春頃に見事な歌声を披露していたミソサザイはまだ静かだが、 我が家の庭の石垣を、マウスのようにちょろちょろと移動している。 そのうち…

あともう少し、がんばろう。

クリスマスにチョコレートケーキを作った。 溶かしたチョコレートを生クリームにいっきに混ぜすぎたのか、生クリームが固まって、顔に塗る泥パックのようになってしまった。 それでもあきらめずに、クリームの上に板チョコを細かく削ったものを上にふんだん…

親愛なるフランキー

「『君のせいじゃない、コロナのせいだ』という文句が成立する世の中かもしれない」 アイリッシュ・タイムズ紙の土曜版に、人生相談のコラムがある。 精神科医ロウ・マクダーモットが相談役。いつも答えが的確で、毎週楽しみにしている。自粛期間にパートナ…

魔法の一言

「あなた素敵ね。どこにいても馴染めないでしょう?」 松任谷由実さんがある若手歌手に対して言った言葉だそうだ。 不意にそういう気の利いた言葉が出てくる人をいつも尊敬する。 私が親ならば、子供が環境に馴染めなければ不安で仕方がないだろう。 それを…

消えたイルカ

「人間には行方不明の時間が必要です なぜかはわからないけれど そんなふうに囁くものがあるのです」 茨木のりこの「行方不明の時間」の一節である。この詩を詠んだ時、ホッとしたのを覚えている。私は人と長時間一緒にいると疲れてしまう。静かな真空管の中…

極上のコーヒーの味

「ロバを担いだ親子(The Man, the Boy, and the Donkey)」というイソップ物語をご存じだろうか。 ある男が息子とロバを引いて歩いて市場へ向かっている途中、村人が、「ロバに乗ればいいのに」と言うので、男は息子をロバの上に乗せる。 やがて道端ですれ…

火と情熱

先日、窓際の机で仕事をしていると、泥炭の香りがした。 もうすっかり秋である。 これから夜がどんどん長くなり、あの暗い冬が始まる。 いつも夕食の支度をする少し前の時間になると、暖炉で燃える泥炭の香りが微かに漂う。 私はこちらのTurfと呼ばれる泥炭…

だって、人間だもの

相方のお知り合いの女優さんからいただいたヒマワリの種を何気なく撒いたら、 みるみると育ち、竹と同じくらいの高さまで伸びてしまった。 今は、庭の塀よりもさらに高くなり、頭を突き出して、 近所を双眼鏡を持ってパトロールするお巡りさんのようだ。 あ…

笑いの限界

昔から、人を笑わせるのが好きだったように思う。 自分の身に起きた辛い出来事を、おもしろおかしく人に伝えるのが好きだったりする。 でもそれは生きる技術として重宝している能力でもある。 人間だれもがそういう能力を備えているように思う。 私の四歳の…

目を逸らさず

今年はズッキーニを育てている。 メスの花とオスの花の咲くタイミングがなかなか合わず苦戦しているが、 オスがなかなか咲かなくて孤独に数日間咲き続けるメスの花を慰めるように 花の中で蜂が寝ていたり、 オスの花がいっぱい咲けば、 まるで金貨の海に身体…

怒りをあらわに

目の前に、新しい家族が引っ越してきた。 あまり子供がいない通りなのだが、 その家族にはまだ小さい男の子が三人いて、 毎日、目の前の通りを走り回るものだから、 一気に通りがにぎやかになったように思う。 子供がこけて泣き出す声、母親が子供をしかりつ…

謎に包まれた女裸像

ローゼス・ポイント 北西部に位置するスライゴ―という街を訪れた。 ここは、WBイェイツという作家がこよなく愛した土地としてよく知られている。 そして彼のお墓もまた、この土地のドラムクリフという場所にあるのだが、 これほどにも有名な作家なのにもか…

灯台へ

先日、四か月ぶりにバスに乗った。 四か月も乗っていないと、もう一生乗ることがないような気がしていたのだが 実際乗ってみると、まるでたった昨日乗ったかのように、 当たり前のごとく、いつもの行動をなぞるようにして、 一度も戸惑うことなく乗れている…

女性が元気な国

どうでもいい話かもしれないが、掃除機を買った。 ずっと使っていた掃除機が、爆音を放ちながらも 何も吸っていないことに気付き、 あたかも「仕事してる風」を装っているその感じに、 私の中で苛立ちと怒りが日に日に蓄積していったのである。 それでも、だ…

拝啓、アイルランド様

肉屋に行くと——というより、酒店も八百屋さんもそうなのだが——たいてい一回につき1人か2人しか店内に入ることができない。 そのほかの人たちは、外の歩道で2メートルの間隔をあけながら列を成す。 先日、いつものように肉屋の前で並んでいると、歩道の柱に子…

肩書を失うとき

最近、毎朝、朝食を作る前に一度庭に出るのだが、空気の質が明らかに変わったように思う。 一歩外へ出て空気を吸い込むと、その透明でみずみずしい香りに思わずドキリとする。 それは、どこか懐かしくもあり、幼少時代のころの思い出がおのずとよみがえって…

アイルランドの桜の木の下で

「桜が好きなのかい?」 近くの公園に咲く一本の桜の木の下で、桜の花を眺めていると、 公園の庭師のおじさんが話しかけてきた。 「ええ、日本を思い出すもので」と言うと、「桜ってのは、もともと日本から来たのかな?」と聞いてきたので、「分からない、そ…