maimaiomaiのブログ

アイルランドと日本の狭間で 言葉を解き、紡ぎなおす者として

変わる時はひっそりと

日本だと、春が別れと出会いの季節だが、こちらでは、九月がそれに当たるのだと思う。

そういえば、昔住んでいたアメリカもそうだった。9月がはじまりの月。新しいクラスメイトや、封を切ったばかりの文房具の匂いが、切ない秋の香りと重なった。

アイルランドの夏は一瞬である。日本から半袖もタンクトップも持ってきたが、夏服を着られるのは、一年のうち、ほんの数日間。つまり、一年の約360日は、クローゼットの中で眠っている。夏の暑さもつかの間、最近はすでに秋の香りが漂い、私の夏服たちは、また一年間クローゼットの中で長い眠りにつくことになる。あれだけ待ち望んでいた夏なのに、いざ過ぎていくと、心はしっかりと秋に向いているから不思議。

庭を毎日訪れるコマドリの花子は、我が家を訪れるようになってからもうすぐ1年がたつ。冬には美声を披露し、いつのまにかパートナーを見つけ、春には巣作りに奮闘し、子育て中は庭中を飛び回っては虫を捕まえて……そんな風に、ずっと活発だった花子だが、最近は子育て疲れか、元気がない。活発に飛び回るアオガラの若造たちを、ひたすら恨めしそうに見つめている。徐々に羽も抜け落ちてきてきた。羽が生え変わる季節なのかもしれない。

コマドリの羽が生え変わる時の姿は、なんとも気の毒な感じなのだが、羽が生え変わった後の、お胸の橙色はまぶしいほど鮮やかである。この時期、羽が脆いコマドリたちは、あまり姿を見せない。木の中でひっそりと過ごすそうだ。変遷期とか、過渡期というのは、あまり見せびらかすものでもなく、ひっそりと過ぎていくものなのかもしれない。いつか見事な花を咲かせるために、エッチラオッチラと水面下で必死に足を動かす。

不思議と、私も花子と同じように、ひたすら地味な作業に追われた一か月だった。

こちらへ来て、ずいぶんとお金の使い方が変わったように思う。東京にいた頃は、何かを学ぼうとすれば、必死に働いて、その費用を稼ぎ、その疲れた体を癒すために、さらにまたレジャーにお金を費やし、そのために働く、というような繰り返しだったが、こちらへ来てからは、助成金や奨学制度を利用させていただいている。奨学制度なので、お金もかからないうえ(時にはお金が支給されることもある)、長い応募書類を書きながら本当にこれは自分がしたいことかどうかじっくりと向き合わざるを得ないのもあって、無駄が削がれる。

先日、アイリッシュ・ライターズ・センターのコースを無料で受けられる奨学金を受け取った。子どもの頃のように、秋から新学期が始まるようで、思わず心が弾む。いつか恩返しができるように、頑張りたい。

人生は短いというが、短いからと言って、焦って片っ端から手を出していては、何も実にならない。短いからこそ、目の前のことを一生懸命に……などと、急き立つ心を黙らせる。

アイルランドには、ディレクト・プロヴィジョン という亡命希望者が滞在する施設がある。あまりにも権利が限られているため、人権侵害だと問題になっているが、そこに滞在していたというアフリカから来た女性と会う機会があった。そこに滞在している間、彼女は本を片っ端から読んだという。今は、本を出版し、大学でも教えている。娘を女手一つで育てたそうだ。そんな話を聞くと、みるみると力が沸いてくる。

移民だからこそ見える景色がある。鮮やかな新風景が、鋭く喝を入れてくれた。

ゆっくりと、しかし確実に羽が生え変わっていく花子の姿に安堵しながら、言葉と向き合う日々。

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次回公演 「ダブリンの演劇人」(Ova9 第3回公演) Dublin by Lamplight 作 マイケル・ウェスト IN COLLABORATION WITH THE CORN EXCHANGE 2022年12月6日〜12月11日 新宿シアターブラッツ https://www.ova9actress.com/