maimaiomaiのブログ

アイルランドと日本の狭間で 言葉を解き、紡ぎなおす者として

いつか辿り着く場所

実にせわしない年末だった。

夫がゴールウェイでの公演中に肺炎になったうえ、顔面から転倒。フェイスタイムで夫の痣だらけの顔を見たときはぞっとした。

時間外の医者もつかまらず、結局公演が終ってからダブリンの病院の救急に駆け込んだのだが、なんと15時間以上も混み合った廊下で待たされた。その後は、とても的確かつ迅速に対応していただき、医療費もかからなかったので文句は言えないが、まさに年末のひっ迫した医療現場を目の当たりにしたのだった。その約1週間後、コロナの状況が悪化して、さらに医療現場はピークを迎えたらしいが、ピークの直前に滑り込んだうえ、個室にも恵まれた夫は、本当にラッキーであった。

不器用を絵に描いたような人だが、どこか運に恵まれているところがある。

洗濯物や夫の大好きな桃やらを届けるため、勝手に救急病棟を出入りしていた私だが、看護師さんたちの忙しそうな背中が、波のように次から次へと私を追い越していった。

いま、入院患者の7割がコロナに感染しているという。

夫が個室に移動して至れり尽くせりの待遇を受け、面会禁止を告げられてから、タイミングよく私もダウンした。物凄い倦怠感と酷い咳に襲われ、その2日間は泥のように眠った。

身体そのものは丈夫なのだが、ストレスにもっぱら弱い。ストレスがかかると一気に免疫力が下がる。こればかりは何歳になっても変わらない。

そんなこんなで夫婦ふたりして年末にしっかりデトックスをし、地味ながら清々しい年始を迎えた。

アイルランドへ移住してから、年越しそばやおせちなどは食材が揃わないがゆえにとっくに手放しているが、どうも大掃除という習慣はアイルランドへ来てからも捨てられない。

心身ともに疲れ切っていたが、とにかく新年を迎える前に、タイルのカビを落とし、溜まりにたまった埃を払いまくった。

とある演劇批評家さんが、2022年の演劇作品ベスト5に、去年の12月に上演した『ダブリンの演劇人』(Ova9主催)を選んでくださったそう。名の知れた団体に並んで、私たちのような自主公演の作品を取り上げてくださったことに、心から感動した。

レミーのおいしいレストラン』という映画をふと思い出す。最後のシーンに、レストラン評論家アントン・イーゴによる、とても印象深いスピーチがあった。

「芸術家が日々負うリスクに比べればリスクを負うことが少ない批評家でも、本当にリスクを負わなければならない時がある、それは、新しいものを擁護するときだ」、というような台詞だったと思う。夫婦そろって大ファンの個性派俳優ピーター・オトゥールが声を担当しているのだが、とても印象深くて、ずっと心に残っていた。

10年以上も前に響いたその言葉が時空を超えて、優しくこだました。

せわしない年末から一転して、年始は読書にふけったり、執筆しながら、ゆっくりと過ごさせていただいている。今年初めて月が満ちた日に、フランス人作家アニー・エルノー氏のA Man’s Placeを読了。2年前に彼女の本を初めて手にしたのだが、自伝的エッセーのようで、しっかりと文学。憧れの作家さんだ。

これはあくまでも私の勘なのだが、今年は理想を追いかけながら、水面下で地味に努力し続ける年になるような気がしている。

しかし、自分が求めるものがはっきりとしてきた昨今は、逆に、そんな静けさ、地味さが心地よくもある。

ここを歩いていれば、いつかたどり着く—

そんな不思議な安心感に包まれながら。

Unauthorized copying of images strictly prohibited.