maimaiomaiのブログ

アイルランドと日本の狭間で 言葉を解き、紡ぎなおす者として

2020-01-01から1年間の記事一覧

親愛なるフランキー

「『君のせいじゃない、コロナのせいだ』という文句が成立する世の中かもしれない」 アイリッシュ・タイムズ紙の土曜版に、人生相談のコラムがある。 精神科医ロウ・マクダーモットが相談役。いつも答えが的確で、毎週楽しみにしている。自粛期間にパートナ…

魔法の一言

「あなた素敵ね。どこにいても馴染めないでしょう?」 松任谷由実さんがある若手歌手に対して言った言葉だそうだ。 不意にそういう気の利いた言葉が出てくる人をいつも尊敬する。 私が親ならば、子供が環境に馴染めなければ不安で仕方がないだろう。 それを…

消えたイルカ

「人間には行方不明の時間が必要です なぜかはわからないけれど そんなふうに囁くものがあるのです」 茨木のりこの「行方不明の時間」の一節である。この詩を詠んだ時、ホッとしたのを覚えている。私は人と長時間一緒にいると疲れてしまう。静かな真空管の中…

極上のコーヒーの味

「ロバを担いだ親子(The Man, the Boy, and the Donkey)」というイソップ物語をご存じだろうか。 ある男が息子とロバを引いて歩いて市場へ向かっている途中、村人が、「ロバに乗ればいいのに」と言うので、男は息子をロバの上に乗せる。 やがて道端ですれ…

火と情熱

先日、窓際の机で仕事をしていると、泥炭の香りがした。 もうすっかり秋である。 これから夜がどんどん長くなり、あの暗い冬が始まる。 いつも夕食の支度をする少し前の時間になると、暖炉で燃える泥炭の香りが微かに漂う。 私はこちらのTurfと呼ばれる泥炭…

だって、人間だもの

相方のお知り合いの女優さんからいただいたヒマワリの種を何気なく撒いたら、 みるみると育ち、竹と同じくらいの高さまで伸びてしまった。 今は、庭の塀よりもさらに高くなり、頭を突き出して、 近所を双眼鏡を持ってパトロールするお巡りさんのようだ。 あ…

笑いの限界

昔から、人を笑わせるのが好きだったように思う。 自分の身に起きた辛い出来事を、おもしろおかしく人に伝えるのが好きだったりする。 でもそれは生きる技術として重宝している能力でもある。 人間だれもがそういう能力を備えているように思う。 私の四歳の…

目を逸らさず

今年はズッキーニを育てている。 メスの花とオスの花の咲くタイミングがなかなか合わず苦戦しているが、 オスがなかなか咲かなくて孤独に数日間咲き続けるメスの花を慰めるように 花の中で蜂が寝ていたり、 オスの花がいっぱい咲けば、 まるで金貨の海に身体…

怒りをあらわに

目の前に、新しい家族が引っ越してきた。 あまり子供がいない通りなのだが、 その家族にはまだ小さい男の子が三人いて、 毎日、目の前の通りを走り回るものだから、 一気に通りがにぎやかになったように思う。 子供がこけて泣き出す声、母親が子供をしかりつ…

謎に包まれた女裸像

ローゼス・ポイント 北西部に位置するスライゴ―という街を訪れた。 ここは、WBイェイツという作家がこよなく愛した土地としてよく知られている。 そして彼のお墓もまた、この土地のドラムクリフという場所にあるのだが、 これほどにも有名な作家なのにもか…

灯台へ

先日、四か月ぶりにバスに乗った。 四か月も乗っていないと、もう一生乗ることがないような気がしていたのだが 実際乗ってみると、まるでたった昨日乗ったかのように、 当たり前のごとく、いつもの行動をなぞるようにして、 一度も戸惑うことなく乗れている…

女性が元気な国

どうでもいい話かもしれないが、掃除機を買った。 ずっと使っていた掃除機が、爆音を放ちながらも 何も吸っていないことに気付き、 あたかも「仕事してる風」を装っているその感じに、 私の中で苛立ちと怒りが日に日に蓄積していったのである。 それでも、だ…

拝啓、アイルランド様

肉屋に行くと——というより、酒店も八百屋さんもそうなのだが——たいてい一回につき1人か2人しか店内に入ることができない。 そのほかの人たちは、外の歩道で2メートルの間隔をあけながら列を成す。 先日、いつものように肉屋の前で並んでいると、歩道の柱に子…

肩書を失うとき

最近、毎朝、朝食を作る前に一度庭に出るのだが、空気の質が明らかに変わったように思う。 一歩外へ出て空気を吸い込むと、その透明でみずみずしい香りに思わずドキリとする。 それは、どこか懐かしくもあり、幼少時代のころの思い出がおのずとよみがえって…

アイルランドの桜の木の下で

「桜が好きなのかい?」 近くの公園に咲く一本の桜の木の下で、桜の花を眺めていると、 公園の庭師のおじさんが話しかけてきた。 「ええ、日本を思い出すもので」と言うと、「桜ってのは、もともと日本から来たのかな?」と聞いてきたので、「分からない、そ…

花には水を、人には愛を、人生にはユーモアを

かつて、毎日ダブリンの中心街オコンネル・ストリートのど真ん中に立って歌う女性がいたと言う。 2014年に惜しくも亡くなられたそうだが、 それまで彼女はほぼ毎日街頭に立ち、歌い続けたそうだ。 そして、その原因は分からないが、声を失ってしまった後も、…

「おうち」作り

「結婚式は、一生に一度ですから!」 異様に熱心な声と真剣なまなざしで、その婚姻手続き担当の若い女性は真向かいに座る私たちに言った。 「おや、ここはウェディングプランナーの事務所だったけな……」と一瞬変な錯覚に陥ったのだが、いや、間違いなくここ…

「花がこぼれる」

日本から送った荷物がすべて届いた。 やっと自分の一部が戻ってきたような、なんとも言えない安堵感を覚えた。 郵便局の船便とSAL便を利用したのだが、 SAL便は数週間以内に届き、船便は地域によっては半年くらいかかることもあると言われていたものの、結局…

ロバを右手に

何気に、これまでに北西部グレンティーズやドニゴール地方、北アイルランドの街アーマー、コーク、ディングル半島など あらゆるアイルランドの街を訪れたが、ド田舎の真っただ中に滞在したのは今回が初めてだったのかもしれない。 相方の従弟様の素敵な計ら…

悲しみの記憶の中に

こちらではよくラジオを聴く。 朝食の時間には、真っ先にラジオの電源を入れ、ポリッジ(オートミール)を火にかける。 こちらへ来て身に着いた「良い」習慣である。日本であまりラジオを聞いたことがないのだが、改めてラジオの良さを感じる。 選挙が近づい…

留守を言い訳に

ある日、相方が突然「内的世界(インナー・ワールド)」という言葉にした。 今読んでいる小説に出てくるらしい。さらに詳しく聞くと、 登場する母親が内的世界に入り込む癖があるという設定なのだそうだ。 それからというもの、その内的世界という言葉がやた…

物語にも休息を

去年の年末に、突然39度の熱が出た。 次の日、ようやく熱が下がったと思いきや、 突然、喉に激しい、焼けるような痛みが走り、 さらには、手足に謎の湿疹が出現し始めた。 手はたいしたことなかったものの、足の裏は、かゆみが酷く、 かゆみが収まると徐々に…

「天然」の受け皿

前々から思っていたことなのだが、「天然」に相当する英語がない。 天然とは、天然の魚とか天然の塩という意味の天然ではない。 性格の「天然」のことである。 もちろん、似たような言葉はあるのだが、 どこかエキセントリックな色がついたり、病的な意味が…