コマドリが手に止まるようになった。
近くのボタニカルガーデンに生息するコマドリさんたちがやたら人なつっこく、いつも私についてくるものだから、ひまわりの種を持ち歩くようになった。ひまわりの種を手の上に乗せ、手を前に差し出すとすぐに手の上に乗って、ひまわりの種に食らいつく。
目の前で見るコマドリは意外と小さい。手の平に接触するコマドリの足は、驚くほど軽やか。
ここまで人懐っこいのは、アイルランドと英国のコマドリだけらしい。他のヨーロッパの国々に生息するコマドリはそこまで人懐っこくないという。理由は分からないが、そんなことを聞くと、この子たちの正体は妖精なのではないかと疑ってしまう。それほど、彼らの表情は豊かで、それぞれにしっかりと個性がある。
はたから見ると、コマドリと会話する孤独な外国人に映るのかもしれないが、私にとってはとても贅沢な時間なのだ。
贅沢といえば、最近はじまった、こちらのPANPANという劇団が主宰するメンターシップ・プログラムである。英国のシェフィールドに拠点を置くフォーストエンターテイメントのアーティストさんと自分の作品について語りながら創作していく。研究費/創作費のようなものも支給され、作品に思う存分集中できる。自分の作品に関係のある、海外の作品が見られるように、渡航費も割り当てられる。私にとっては、夢のような時間なのだ。
今回ご一緒しているアーティストさんから、いろいろと嬉しい励ましの言葉をいただいたり、インスピレーションをいただいたりしながら、作品がどんどん進化していく。書き始めた当初は想像できなかったような方向へ導かれながら、会話を通して作品が粘土のように柔軟に変化していく面白さを体験している。
何かに固執せず、変化を受け入れる。これができるようになってきた。
自分がどうしたいか、どういう作品を作りたいか、何を伝えたいか。彼女の前で、一つ一つイメージを言葉にしながら、作品がどんどん腑に落ちていく。膨らませられるところまで想像を膨らませたあとは、無駄なものを削いでいく。この体験は、私にとって大きな自信になった。
否定ではなく、提案の連続。こういうやり取りの中で、作品がおのずとたどり着くべき場所に漂着する。とても気持ちがいい。
テキストは日本語と英語を同時進行で書いているのだが、二つの言語を行き来しながら、それぞれの言語の異なる魅力を感じている。ある言語から違う言語へ「翻訳」をするというよりは、同じ物語を違う視点で「書きなおす」という方が近い。これは普段の翻訳の仕事にも大きく影響した。
アイルランドには、いいよ、表現していいんだよ、完璧じゃなくていいんだよ、というような緩やかな雰囲気がある。そんな広い器の中でコロコロと転がりながら、自分の中に潜む熱い泉に触れたような気がする。
お正月早々、今まで見たことがない鳥、マヒワ、ベニヒワ、アオカワラヒワを目撃した。そんな体験と呼応するように、私の中で、新たな扉が次々と開いていくような気がしている。
「はじめまして」を連呼しながら、2022年がはじまった。
【ワールド・シアター・ラボ2022】
戯曲を通して世界と出会う 「ワールド・シアター・ラボ」2022
リーディング公演・日本初訳初演
★『サイプラス・アヴェニュー』(北アイルランド)
作=デビッド・アイルランド
2月17日(木)19:00
2月19日(土)14:00
作:デビッド・アイルランド 翻訳:石川麻衣
演出:稲葉賀恵
出演:大森博史、那須佐代子、金沢映実、李そじん、大石将弘、森寧々
https://iti-japan.or.jp/announce/8049/
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