「すべてのバスの運転手に捧げる」
最近翻訳させていただいた、現在シアターグリーンBase Theaterで上演中のアイルランド戯曲「橋の上のワルツ」(ソニア・ケリー作)の冒頭部分に書かれた一文である。
戯曲と向き合っていると、その内容に近い出来事を引き寄せることがよくある。
四六時中、その作品についてああでもないこうでもないと思いを巡らせているわけだから、当然といえば、当然なのかもしれない。
アイルランドも徐々に規制が緩まって、近くでゲーリックフットボールの試合が行われれば、近所はユニフォームを着たファンたちであふれかえる。この18か月間ずっと抑え込んでいたエネルギーが一気に爆発するかのようなはじけ具合だ。
先日バスで街へ出かけた際、試合観戦帰りとみられる女子たちがバスの中でワインをラッパ飲みしていた。真ん中でワイワイやっている女子の後ろで、男性陣は椅子に張り付き、ドン引き。
すると、ある女子が急に立ち上がり、バスの運転手に絡み始めた。どうやら、トイレが近いからここで止めてくれと言っているらしい。
バスの運転手は「いやだ、危ないからここでは降ろせない」、と断固拒否。
女子の怒りに火をつけた。
「ばかやろー!バスの運転手のくせに!」と女子はひたすら運転手をののしる。
「おろして」、「いやだ」、「おろしてってば」、「いやだ、いやだ。あっちいけ」
「おろせ!」「あっちいけ、あっちいけ!」と、堂々巡り。
挙句の果てに、「私は最近母親にFacebookでブロックされたけど、それでも、あんたなんかよりマシな人間なんだから!」と女子は叫ぶ。彼女の雄たけびが車内にワンワンと鳴り響いた。
どうやら彼女は、小学校の先生を目指しているらしい。教師の資格を取るために、田舎からダブリンに引っ越してきたのだとか。アイルランドの未来が少し心配になったものの、どこか滑稽でもあり、目の前で笑いをこらえる見知らぬおじさんと視線を交わした。
「バスの運転手のくせに」という言葉が脳みその中でこだまする。
コロナ禍であれほどエッセンシャルワーカーのありがたみを知ったというのに、2020年に戻ってしまえバカ者よ、とその女子を𠮟りたい衝動をぐっと抑える。
何かを必死に追いかけるあまり、大切なものを見失っていないか。必要以上に、盲目になっていないか。
そんなシンプルなテーマがひっそりと潜む戯曲。
この不思議かつ滑稽な光景を見ながら、戯曲の核のようなものがストンと心に落ちて、
作品に動かされて、言葉をほどきはじめたあの時からずっと描いていた大きな円が
完結したのだった。
紆余曲折あったが、無事に初日を迎えることができた。
是非、劇場で、あるいは配信で目撃してください。
「Plays 4 Covid 孤読/臨読~コロナ禍で生まれた海外戯曲~」
コロナ禍に4つの国で上演・配信された短編戯曲集。全作品本邦初公開!
2021年9月16日(木)~19日(日)
シアターグリーン Base Theater(池袋演劇祭参加)
「橋の上のワルツ」(ソニア・ケリー作)
https://iti-japan.or.jp/info/7650/
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