「仮にそのパレードのど真ん中に政府専用ジェット機が着陸したとしても、群衆の気を引くことはできないだろう」
アイリッシュ・タイムズ紙
アジア人がなれるお姫様は白雪姫。なぜなら、髪が黒いから。
まだアメリカに居たころ、ハロウィンで白雪姫に仮装していたのを思い出す。今考えるとなんとも恥ずかしい思い出である。
アイルランドへ来てから、こちらにも真っ黒な髪の毛をした方たちがいることを知った時は驚きだった。日本人のように、本当に真っ黒なのである。
そんなことはさておき、
10月にアイルランドに滞在していた際は、アイルランド本場でハロウィンを体験することができた。
しかし、ハロウィンの飾りつけをしている家はちょこちょこ見かけたものの、さほど仮装している人は見かけず、あれあれ、あんまり盛り上がってないぞ?というのが第一印象だった。
31日の夜は、街の中心でパレード(Macnas Paradeという集団によるもの)があるからと、私は相方さんと街へ繰り出した。
アイルランドは、全体的に早めにお店が閉まるからか、夜になると閑散としていることが多い。ハロウィンなんだから、今日は人がいっぱいいるだろう、なんて思っていたら、そうでもなく、これまたいつものように閑散としていた。
しかし、私はアイルランドのこういうところが大好きだ。敢えて、騒ぎ立てない。
観光スポットである自然公園を訪れた際も、お土産屋さんもレストランも何もない。
インフォメーションセンターがポツンとあるだけで、後は勝手にどうぞとばかりに、商売と結びつけていない印象があった。
やっとパレードがやっているというストリートへやってくると、ようやく人がチラホラと見え始めた。私たちがたどり着いた時にはもう、パレードのお尻の部分が、倉庫がゆっくりと出ていくところだった。
「ああ、遅かった」なんて思いつつも、なんとも言えない世界観に思わず惹かれ、私たちは先頭まで走ることにした。普段、まずこんなことはしない私なのだが、筆舌に尽くしがたい魅力があったのだ。
カメラのシャッターを切りながら(デジカメだけど)、夢中でパレードを追い越しては止まり、追い越しては止まり。
圧倒的な世界観。まるで、神秘的な蝶々を追うかのように、必死に、必死に走っては追いかけた。
ふわふわと宙を舞うシャボン玉と、背景に流れる、不思議な音。
まるで航海する漁師のように、巨大な馬を操作する男性陣。
それぞれの役を、まるで、そこにいるのが当たり前かのように自然に演じる役者たち。
「見たことがあるようで、見たことが無い」
まさに、そういう言葉がぴったりな世界だった。
そういうような光景は、夢の中でなら見たことがある。
例え誰かを真似ていたとしても、何か決められた台詞を語ったとしても、誰かの振りを踊っていたとしても、どうしようもなく、その人の根幹にあるものがこぼれ出てしまい、それが勝ってしまうようなことがある。
私は、そのような芸術におのずと惹かれてしまう。そうであれば、洗練していようが、粗削りであろうが、さほど気にならない。
普段は西の方の町、ゴールウェイを拠点に活動しているパフォーマンス集団らしいが、その土地独特の「何か」が匂いたつような気がした。
そんな時間もつかの間、夢のようなパレードは、あっという間に過ぎていった。
私たちの前を、パレードのお尻が通り過ぎると、魔法から解かれるかのごとく夢の世界が普段の街へ溶けていった。
周りの人々が、何も無かったかのように、わらわらと日常の中へ戻っていく。忽然と取り残された私は、パレードの後を追う一台のパトカーを眺めながら狐につつまれたように立ち尽くしてしまった。
確かに、政府のジェット機が舞い降りても無視してしまうかもしれない。あるいは、気がつかないかもしれない。
芸術って、なんて素晴らしいのかしら♪
私たちは上機嫌になり、帰るのがなんだかもったいないように感じて、思わず近くのパブで一杯ひっかけることにした。