maimaiomaiのブログ

アイルランドと日本の狭間で 言葉を解き、紡ぎなおす者として

大きく、もっと大きく

 

昔から、自分の脳みそのデータ容量が人よりも少ない気がしていたが、本当にそうだったらしい。

平均が32ガバイトくらいだとすると、私は16ギガを通り過ぎて、6ギガくらいなのではないかと思う。

 

それを超えてしまうと、情報が音もたてずにスルスルと脳みそからすり抜けていくか、

噴火するか、外に向かって「もう入ってこないで」攻撃をしたくなるか、のどれかになる。

 

 

 

そんな私にとって、海外移住と外国国籍の方との入籍、そして、仕事の拠点を海外に移すというのは、想像を絶する大きな挑戦なのだった。

こういうことを、器用にサラっとこなせる方もいらっしゃるが、

残念なことに、私はそういう人間ではない。

今回は、脳みそから情報がスルスルとすり抜けていくパターンで、

ピストン方式で、一つ新しい情報が入るごとに、

古い情報が忍び足で静かに、美しく消えていく。

 

 

特に東京の家を引き払う数週間前からは、時に思考が停止し、

数分間部屋の中で一点を見つめて微動だにしない時間が日に日に増えていった。

 

電化製品と家具と雑貨のリサイクル、移住手続き、入籍手続き、書類集め、もろもろの住所変更、ネットバンキングの環境整備、税務署への納税確認、大使館への確認――

毎日ぐるりぐるりと、これらの文字が私の6ギガバイトの脳みそを忙しそうに、出たり入ったりしていた。やがて、出ていく情報を引き留めるかのように、紙に書き出すという習慣が身に付いていった。

 

 

 

まるで剥いても、剥いても実にたどり着かない奇妙な果実のようで、

一枚剥いたと思ったら、その裏には、さらなるタスクが憎たらしい顔をして待機している。

 

しかし、そうだ、これはきっと、私の容量を増やすための試練なのだ。

と、呪文のように自分に言い聞かせ、許容量を増やすべく、それを空気で膨らますかのように、大きく、深く深呼吸をする。

 

 

 

人生は本当に不思議で、まるで魂が、私の身体に乗りながら「そこ右に曲がってー」などと私の耳にささやくようなことがある。「え、ここで右ですか」と思うのだが、

いざ曲がってみると、なんだか妙にしっくりくるというようなことがある。

大変でも、しっくりくる景色の良い道は、頑張って歩けるものだ。

 

翻訳をしていて、誤訳があると、絶対と言っていいほど、そこには何かしらの「違和感」がある。

なんというか、まるでカーペットの上にドジョウが座っているというような、

そういうなんだか、不釣り合いな何かがあるのである。

やがて、経験を積んでいくうちに、「違和感」を感知するのが速くなり、

誤訳も減っていく。

 

 

 

違和感をいち早く察知し、潔く舵を切る能力。

そうやって、微調整しながら、自分にしっくりくる道を探っていく。

そのしっくりくる道のうねり具合というのは、

翻訳が上手く行った時の、文章のうねり具合に似ていると思う。

 

 

同じ英語圏だとはいえ、アイルランドは、私の生まれ育ったアメリカとは文化も何もかも全く異なる。

これからは、この異なる文化に身を置く中で、心をもっと大きくしていかなければならない。

 

昔は「違い」に何か施さなければならないような気がしていたが、

今は、ただそこに居ていただく、という感じなのである。

そして、そこに居ていただくと、別に噛んでくるわけでも吠えてくるわけでもなく、

その「違い」は、お利巧にじっと座っていることが多いのだ。

 

 

 

時に危機感を感じ、パッと目をやるのだが、やはりお利巧に座っている。

そして、またそこから目を逸らし、ただただ日々を一生けん命に過ごす。

 

そして、ある日、またそこに目をやった時、

もしかしたら、それは、消えているかもしれない。

違いだと思っていたそれが、日々時間を重ね、共有する中で、

徐々に徐々に、居場所がなくなり、そこを立ち去っていく。

そういうのが、理想である。

 

心を大きく、大きく。

それに伴い、脳みそも大きく、大きく。

 

 

 

ダブリンは首都だが、小さな街。自分の手の平の中にすっぽりと入ってしまうような、

そういう安心感がある。

鳥や蜂をボーっと眺めるのが大好きな相方なのだが、

東京で足早に歩いてきた私にとって、実に新鮮な時間の流れ方だ。

どのような生活が待っているのだろうか。

十五年間という東京の生活を背に向けると、胸がズキズキと痛むものの、

痛みの避けすぎに伴う代償の大きさも知っているだけに、

ただただ歯をかみしめて、胸を張って前を向くのみなのだ。

そして、日本に後ろ髪をひかれながらも、

目の前にあるまだ見えぬ光景に、胸が躍るのであった。

 

 

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