maimaiomaiのブログ

アイルランドと日本の狭間で 言葉を解き、紡ぎなおす者として

1つから2つ、2つから3つ、3つから4つへ

 

もうずいぶん前の話であるが、とあるオーディションで「愛の賛歌」を歌う機会があった。

会場で審査委員の前に立ち、「ただふぅ~たり~だけで~」と歌い出した瞬間、

何が原因かは分からないが、今まで聴いたことのない声が突然、腹の底から飛び出てきたのである。

 

そして、体が驚くと同時に、私の膝がまるでブルドーザーにようにブルブルと震えだした。

 

「ふるえる」の領域を通り越し、「ブルえる」というか、膝の中で得体の知れない動物が暴れだしたかのような動き。

 

声のほうは完全なる自信に満ちあふれ、天国へ登るように歌っているのに、膝が震度6の勢いで揺れているという見たことがない支離滅裂な状態。

 

銀座や六本木で夜な夜な歌っていた時期もあるし、緊張症ではあるけれど、こんな経験は今までに一度もない。

 

突然の身体の異変に驚きながら、膝を必死に両手で抑えながら、しかし、声は、歌いたがっているので、ただただ歌い続けた。

あの時はとにかく必死だったけれど、今思い返せば、相当おかしな光景だったのではないだろうか。

 

歌い終わると、一体何が起こったのか分からず茫然としている私に、ピアノの伴奏をされていた男性が「素敵でしたよ」と温かい笑みを向けてきた。

 

 

イギリスからナディーン・ジョージさんとフランスからロラン・クルタン氏をお迎えしたヴォイス・ワークショップの通訳が終わった。

 

このワークショップを体験し、真っ先に頭をよぎったのが、この数年前の「膝ブルブル事件」であった。人前であれだけ膝が震えた恥ずかしさはあったものの、上手い下手、合否を超えて、自分からあんな声が出るという事実に興奮し、「大きな喜び」で満たされた。

 

そして、その予期せぬ「声」に、自分の声が「ついていきたい」と執拗に言うのであった。

 

非科学的だと言われてしまうかもしれないが、その音が放つ震動に、身体が耐えきれなかったのではないかと、今回のワークショップを体験した今は思う。

 

 

音の伝達速度は非常に速く、脳を迂回するという。

 

しわがれた声、割れた声、力んだ声、かすれた声、震える声、ひっくり返る声、吐息。

すべてが、今の自分の身体を通した声の一部であるということ。

 

その声の状態を、否定せず、単純に、そのままで居させてあげるということ。その声についていくということ。

そうすると、次に、自分の想像を超える音がやってくる。

 

 

世間一般でいう、「美しい声」「いい声」という概念を超えて、「人として存在する」ということはどういうことかということに、触れたような気がした5日間だった。

 

普段、一日6時間の通訳を5日連続でやった場合、心身共に疲弊するのだが、なぜか今回はそうでもない。それどころか、終わった今もピンピンしている。

それはきっと、毎朝行った呼吸法が良かったのではないかと思う。

鼻から吸い、口から吐き出す。ワークショップ会場の空間は、常に良い気に溢れていた。

 

 

 

自分の中の男性性も、女性性も受け入れる大切さ。

女性性は、神聖なる力に触れることのできる無限の力を持つものだけれども、男性性のあの低い、深みをまず汲みとらなければ、そこへたどり着くことはできない。

男性性と女性性の相乗効果の持つ力を、目撃させていただいた。

 

何が起きようと、批判せず、押しつけもせず、役者をありのままで居させてあげるあの大らかさ。簡単なようで、難しい。

 

そんな時、役者は独り立ちをし、余白や弱さを受け入れ、自分の想像を超えた力を発揮する。

それをきっかけに、自分の可能性に喜びを感じ、それがやがて真の自信となるのではないか。

 

 

 

「余白」の居場所、「脆さ」の居場所がなくなりつつあるこの世の中で、貴重な体験をさせていただいた。

 

これを企画し、声をかけてくださった優さんには、尊敬と感謝の気持ちでいっぱい。

 

かつて六本木で歌い始めた頃のこと——。

あの頃はまだ、アメリカ育ちの影響がまだまだ身体に沁みついていて、

マライア・キャリーのような高い声を真似して歌っていた。

その時のボーカル指導の方に、ある時、ふとこう言われたのを覚えている。

 

「君の本来の声は、そんなに高くないのではないか。3音キーを下げてみようか」

 

結局、男性の歌に選曲を変え、その時に出会った新たな自分への驚きを今でも覚えている。

あの時、一瞬にして、20歳ほど年をとった。それに、なぜか、男性の歌が妙に自分の声にはまった。

 

「ああ、これが君の声だね」

 

1つから2つ、2つから3つへ、3つから4つへ。

声の持つ無限な可能性に、心が震えた5日間だった。今までずっと、根無し草であるという意識があったのだが、自分の声の中に、しっかりとルーツが「すでにある」と思えることで、「声に帰ればいい」と思えることで、自信のようなものが粛々と湧いてきたのだった。

 

 

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