先日、我が家に魔女が舞い降りた。
近所に、私の相方がよく知る女優さんが住んでいる。ベテランの舞台女優である彼女は、はち切れんばかりのエネルギーの持ち主で、道端で会うと、瞬く間に「近況報告」という名の舞台がはじまる。はじまれば、終わるまで1時間はかかるので、覚悟しなければならない。話を面白おかしく伝えるのがとても上手で、私はいつも、道の端から端まで体をめいっぱい動かしながら昔話や息子のエピソードなどを語る彼女を見て爆笑している。
そんなある日、彼女からカードが届いた。自分で描いた絵をカードにし、ひっそりと人の家の郵便箱に入れるのが趣味らしい。怪しまれることも多々あるそうだが、今やライフワークになっているのだとか。
彼女が描く絵には、いつも魔女が入っている。「日本の魔女」というキャプションつきの私の魔女は、黒く長い髪の毛が後ろで一つに束ねられている。私をイメージしてくれたのかもしれない。
「アイルランドでも、幸せが見つかりますように」
いつもの爆発的なエネルギーとはかけ離れた繊細なメッセージに少し驚いたものの、その時、彼女が役者であるという事実がストンと腑に落ちた。ちょっとしたトラブルに見舞われた日だったのだが、彼女の描いた日本の魔女を見ながら、思わず笑みがこぼれた。さらに「魔法が欲しいなら、光に当ててみてください」、とある。言われた通りに光に当てると、魔女のドレスにちりばめられたラメがキラキラと輝いた。
自分の中にある大きな溝の間を行ったり来たりするように、絵を描いたり、物語を伝えたりしている彼女が、とてもいとおしく思えた。そういう溝は、表現者としての身分証明書であると私は思っている。
一昨日は、アイルランド南部の町コークにある劇団が主宰するマリーナ・カー脚色、ヴァージニア・ウルフ作「灯台へ」の舞台版が配信された。冒頭文、「Yes, of course, if it’s fine tommorrow. (そうね、明日晴れたら)」が劇中で不気味に鳴り響く。ダロウェイ夫人の「Mrs.Dalloway said she would buy the flowers herself. (私が花を買ってくるわ、とダロウェイ夫人は言った)」をふくめ、ヴァージニア・ウルフは無駄の一切を剥いだ印象的なセリフを生み出す天才だと思う。役者は、実際は口にしていない心の混乱もセリフとして語る。潜在意識を刺激するような、素敵な作品だった。
数年前、夢の中で遠くから美しい音が聞こえてきたことがある。目を凝らさないと見えないほどか細く繊細な音なのだが、自分の心が確実に、その音へ向かうのを感じた不思議な夢であった。ヴァージニア・ウルフの言葉は、私がこの夢の中で聞いた音の響きにとてもよく似ている。
実にあわただしい6月だった。いくつかの戯曲と向き合い、不慣れなこともやりながら、あっという間に過ぎていった。
すべてうまくいくことを祈りながら、
日本の魔女を再び、太陽に当ててみる。
<今後の予定> 8月6,7日 Ova9 クローゼットドラマ「Necessary Targets ~ボスニアに咲く花~」 渋谷Space EDGE
ボスニア内戦を生き抜いた女性たちと米国人女性との間に芽生える絆を詩的に描く物語。
https://www.facebook.com/Ova9actress
ITI 国際演劇協会主催 ワールド・シアター・ラボ 「サイプラス・アヴェニュー」
北アイルランドの複雑な背景をブラックユーモアをふんだんに交えて描いた話題作。
海外の現代戯曲翻訳を探求する「ワールド・シアター・ラボ」開催(2021年9月〜) | iti-japan
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